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1月11日(祝)の午後、古賀政男音楽博物館けやきホールにての、「 田中麻衣/西澤慎伍 デュオリサイタル 」を聴いてきました。 西澤慎伍君は、国立音楽大学声楽科在学中には国立音楽大学室内合唱団Kammer−Chor(混声合唱)に所属し活動しており、私は彼とはその演奏会がきっかけで知り合った。 昨年、国立音楽大学で顔を合わせ、この演奏会の案内を頂いていた。 西澤君とは国立音楽大学関係の声楽の演奏会では頻繁に顔を合わせすっかり顔なじみになってしまった。 プログラムは、 *L.V.ベートーヴェン(1770∼1827ドイツ):6つのバガテル 作品126=ピアノ アンダンテ・コン・モート ト長調 アレグロ ト短調 アンダンテ 変ホ長調 プレスト ロ短調 クアージ・アレグレット ト長調 プレスト・アンダンテ・アマービレ・エ・コン・モート 変ホ長調 この作品はベートーヴェンの最晩年の境地を示す重要で、かつ、大変味わい深い仕上がりとなっている。 *R.A.シューマン(1810∼1856ドイツ):歌曲集「ミルテの花」作品25より=テノール+ピアノ 献呈(リュッケルト 詩) くるみの木(モーゼン 詩) はすの花(ハイネ 詩) この曲集「ミルテの花」はクララとの結婚を夢見ながら作曲され、結婚式の前夜、彼女へ捧げられた。 *I.J.パデレフスキ(1860∼1941ポーランド):ノクターン 変ロ長調 作品16−4=ピアノ この曲は比較的簡単ながら優美で透明感のある曲想。パデレフスキはピアニストでショパンの研究家でもあり、第一次大戦後、ポーランドの首相を務めたこともある。 *F.J.M.プーランク(1899∼1963フランス):ノクターン 第1番 ハ長調=ピアノ この曲は非常に魅力的な旋律に基づいて作曲された。ここにはショパンやフォーレの精神が容易に見出される。 〜休憩〜 *中田喜直(1923∼2000日本):金子みすず詩による童謡歌曲集「ほしとたんぽぽ」より=テノール+ピアノ たいりょう おさかな いぬ わたしと ことりと すずと 金子みすずの生誕地の山口県長門市からの作曲依頼を機に、彼女の詩に共鳴し感動して、全14曲からなるこの歌曲集が作曲された。 *中田喜直:霧と話した(鎌田忠良 詩) 1960年のラジオ歌謡のために書かれた。 美しい旋律と失われた恋の思いを詠った抒情的な詩で、中田喜直の歌曲の中でも特に人気が高い。 *E.H.グリーク(1843∼1907ノルウエー):抒情小品集 第8集=ピアノ 青年時代より 農夫の歌 憂うつ サロン バラード風に トロルハウゲンの婚礼の日 抒情小品集は全10集66曲からなるピアノ曲集で、グリークの音楽人生そのものと言える。中でも「トロルハウゲンの婚礼の日」は最も大規模で、人気のある曲。 *R.クィルター(1877~1953イギリス):3つのシェークスピア歌曲(シェークスピア 詩) 作品6=テノール+ピアノ 来たれ、死よ おお、僕の恋人 吹け、吹け、冬の嵐 クィルターの名声は、歌曲と、童謡を織り交ぜた『子どもたちの序曲』や、劇音楽から編んだ組曲『虹の終わる場所に』などに代表される管弦楽のためのライト・ミュージックによって支えられている。この歌曲も同様に非常に聴きやすく心地よい音楽になっている。 〜アンコール〜 *E.H.グリーク:君を愛す(ノルウェー語)=テノール+ピアノ 出演者のプロフィールは、 田中麻衣(ピアノ): 名古屋市出身。3歳からピアノを始める。 東京音楽大学演奏家コース卒業。ウイーン、ロンドンに渡りセミナーを受ける。 国内において数多くの音楽祭に参加、演奏会にも多数の出演がある。 現在、ロンドンではA.I.Pに所属し、演奏活動を行っている。 ロンドンのギルドホール音楽演劇学校大学院修士課程にて研鑽を積んでいる。 主なコンクール受賞暦は、 2000年長野国際音楽コンクール優勝。 2001年YBP国際音楽コンクール芸術賞。 2007年JaquesSamuelピアノコンクール特別賞。 2009年North London Festival of Music ハイドン・モーツアルト部門、フランス音楽部門1位。 西澤慎伍(テノール): 東京都出身。2008年、国立音楽大学声楽専修オペラソリストコース卒業。 2008年3月卒業演奏会出演。 大学在学中には、学内外の様々な演奏会に出演するなど積極的な活動を展開する。 同年10月より渡英して研鑽を積む。 2010年9月より、英国王立音楽院芸術修士課程へ進学が決まっている。 感想としては、 この演奏会は、田中麻衣さんの大学院修士課程の学外授業のひとつとして、企画された。 そのため、この成果物(資料・英訳、音源)は後日、大学院に提出されるという。 二人は一人前のプロの音楽家を目指して研鑽を重ねている途中だが、今回の演奏会は、選曲や曲目の解説もよく事前検討がされていて、いかにも大学院で指導を受けている成果が目に見えてわかる、理想に限りなく近い、素晴らしい演奏会だった。 田中麻衣さんのピアノ演奏はさすがだと思った。 二人の作曲家のノクターンの聴き比べは特に興味深かった。ほかの演目も珠玉の名品ばかりだ。 西澤君の演奏は、これまで私が彼の演奏を聴いて知っていたレパートリー以上に幅広く多様で、彼の実力がハイレベルであることがわかった。外国で暮らして日本の歌曲の素晴らしさを再認識した、と彼は話していたが本当にそのとおりで、外国で勉強することは日本を再発見することもひとつの研鑽を続けた結果だと思う。 曲目の解説は、けっして長すぎず、多少短めだけれど、聴き手が知りたい事柄が、もれなくまとめられていた。時間をかけて丁寧に準備した様子がわかる。 演奏の合間に、二人のトークが何度かあったのだが、本人たちが言うように、特に準備はしてこなかったらしく多少まとまりに欠ける内容だった。大学院ではこのようなトークについても学べるカルキュラムがあるそうで、次回はもっと勉強して臨みたいと言っていた。 私が考えるには、トークはやはり演奏と同じぐらいの準備が必要と思う。 でも、演奏自体を聴いてもらうのが主体であるので、曲間のトークは必要最小限とし、終演時に心を込めて来場の御礼を、多少エピソードを交えながら話す......というのがよりベターだと思う。この必要最小限というのが難しいので準備が必要なのである。 但し、レクチャーコンサートはトークが長めになって当然である。 時折、アマチュアのグループでは、曲目リストには解説文などほとんどなくて、演奏中に解説をしながらの演奏会が見受けられるが、このような手法はあまり感心しない。語彙が聞き取れない場合もあるので、あくまでもトークでの解説は活字になった解説のフォローと考えるべきだろう。この場合、おそらくは、曲目リストの印刷のための校正の期限に間に合わない、演奏時間にトークの時間を加えて、全体の演奏時間の埋め合わせにしたい、など色々事情はあるだろうが、やはり聴き手側の立場に立って考えれば、何がよりベターかわかるはずである。 何事も芸術は鑑賞する側のためにあるのが第一の目的と思う。 会場には、二人の家族や知人、大学の同窓生など多数が詰め掛けた。 西澤君が在籍していた国立音楽大学の同窓生たちは私も顔見知りの人達ばかりだ。 終演後は、出演者やご家族、国立音楽大学の関係者と楽しい会話をした。 この二人は必ずや音楽界で活躍し続けていくだろうと思う。 ただし、芸術は生涯研鑽を続けることが必要だとおもうので、初心を思い起こしながら、活発な活動を期待するものである。 本当に楽しみです。 |
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