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zoom RSS ガレリア座〜マリンツァ伯爵令嬢

<<   作成日時 : 2017/04/06 13:10   >>

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また、昨年のことですが、
2016年9月11日(日)の午後、練馬文化センター大ホールでの「ガレリア座 第28回公演エメリッヒ・カールマン/喜歌劇・マリツァ伯爵令嬢」を聴いた。

「ガレリア座」は、1993年の旗揚げ以来、東京を本拠地に、オペラやオペレッタの日本語訳詞上演をおこなっているアマチュア・オペラグループ団体。
歌い手・オーケストラ・バレエ団・美術・制作スタッフなど、オペラ制作に必要なすべての人材を座付きの団員でまかない、力を合わせて一つ一つの作品を練り上げている。
ふだんは社会人、主婦、学生である団員が、凝縮した情熱をかたむけて作りあげるひとときの夢の世界を作り上げている。

作曲者のメリッヒ・カールマンは、ハンガリー出身のオーストリアの作曲家。        
ハンガリーのバラトン湖南部のシオーフォクにてユダヤ系の家庭に生れる。もともとは演奏会ピアニストとして立つ意向であったが、関節炎を患い、作曲に専念した。ブダペストのフランツ・リスト音楽アカデミーにてハンス・ケスラーに師事、バルトークとコダーイ・ゾルターンの同窓生となった。初期の交響詩は好評だったが、出版することはかなわなかった。しかしながらユーモラスなキャバレー・ソングの人気によって、オペレッタの作曲に進んだ。
最初の成功したオペレッタ『愉快な騎兵』は、1908年2月22日にブダペストにおいて初演された。その後ウィーンに移り、『チャールダーシュの女王』や『伯爵令嬢マリツァ』などの作品によって世界的な名声を収めた。カールマンはフランツ・レハールとともに、20世紀初頭における「ウィンナ・オペレッタ銀の時代」の代表的な作曲家と看做されている。カールマンは、ウィンナ・ワルツとハンガリーのチャールダーシュの融合により名声を馳せた。詞・台本こそドイツ語のものを用いたものの、両親ともドイツ系でチェコ育ちでもあるレハールに比べハンガリー色は遥かに濃い。一方、カールマンはチャイコフスキーの管弦楽法を模範としているものの、ポリフォニーの構成や旋律法においては、プッチーニを理想とした。また、新時代の軽音楽としてのフォックストロットを採り入れ、ドラム・セットを用いたダンス・バンドに近い響きも試みている。             
第二次世界大戦中はナチス・ドイツの弾圧を避けてアメリカ合衆国に渡り、カリフォルニア州に定住し、1942年に市民権を得てアメリカに帰化した。1949年にニューヨークを発ちパリに渡り、同地で他界した。

プログラム                                                     
エメリッヒ・カールマン(1882-1953)/
喜歌劇 マリツァ伯爵令嬢
全3幕 日本語訳詞上演
1.あらすじ                                   
■第1幕【ハンガリーにあるマリツァ伯爵令嬢の館】
 ウィーンの貴族ヴィッテンブルク伯爵家のタシロは保証人になったことで財産を失い、身分を隠してマリツァの農場に財産管理人としてやってきた。気が利いて、みんなに優しいタシロは、子どもたちやジプシーにも人気がある。そこへウィーンからマリツァが久しぶりに戻ってくる。ウィーンでは多くの男たちに言い寄られたため、コロマン・ジュパン男爵という架空の人物(ヨハン・シュトラウス2世の喜歌劇「ジプシー男爵」に登場する豚飼いジュパンから取った名前)をでっちあげ、その男と自分が婚約するという偽記事をマリツァ自ら書かせたのだった。マリツァに思いを寄せるポポレスク侯爵は、新聞記事を見せて詰め寄るが、偽記事と真相を聞かされ安堵する。タシロと挨拶を交わしたマリツァは、タシロが以前、ヴィッテンブルク伯爵家に勤めていたと聞き、自分の親友がその家の娘リーザであることを明かし、今回、マリツァと一緒にこの農場にやってきたと告げる。タシロは密かにリーザに会い、身分を明かさないよう頼む。一方、マリツァのもとに本物のジュパン男爵が現れる。大富豪との婚約記事を目にして有頂天のジュパンに対し、これは架空のお話と種明かしをする。タシロが独り、歌を口ずさむ。それを聞いていたマリツァはパーティーで一曲披露するよう命じる。タシロはその命令だけは聞くことはできないと拒否する。マリツァは怒り、荷物をまとめて出ていくように指示する。ジュパンの提案で、皆でタバリンへ出かけようと騒いでいるところへ、ジプシー女マンニャが現れ、マリツァに向かって、貴女が恋する相手は近くにいると予言する。マリツァはタバリンに一緒に行くことを断り、一人農場に残る。タシロが別れの挨拶にやってくる。マリツァは自分の非礼を詫びる。タシロはハンガリーの月に向かい、また歌を口ずさむ。
■第2幕【ひと月後のマリツァの館】
 タシロとマリツァはすっかり仲が良くなり、楽しく暮らしている。それを見たジュパンはマリツァとの恋を諦め、リーザへの恋心を打ち明ける。戸惑いながらもジュパンに惹かれていくリーザ。タシロは、ウィーンにいる友人のカール・シュテファンに宛てて、マリツァと自分が結ばれればリーザを不幸にしなくて済むと手紙を書く。その手紙を目にしてしまったマリツァは、タシロとリーザの仲を誤解し、タシロが自分をだましたのだと、衆人環視のなか、タシロに札びらをたたきつける。タシロは、自らの身分と、リーザと兄妹であることを皆に明かしてその場を去る。真実を知ったマリツァは、彼こそ予言にあった自分の恋する相手と知り、タシロの気持ちを取り戻すと決意する。
■第3幕【その翌朝】
 ジュパンとポポレスクは前夜の事件で落ち込んでいるマリツァを励まそうとする。ジュパンはリーザに求婚し、受け入れられる。そこへタシロの叔母であるボツェーナ侯爵夫人が現れる。夫人はタシロの家を買い戻したので、ウィーンに戻るよう伝えにきたのだ。マリツァの心が自分にないと落胆したタシロは夫人とともに出て行こうとする。去り際、マリツァに幼い頃、二人で交わした結婚の約束の話を伝え、手紙を渡す。マリツァもタシロに宛てた手紙を渡す。互いの本当の気持ちを伝えるために。

2.キャスト
マリツァ伯爵令嬢:大津 佐知子(ソプラノ)
タシロ:釜田 雄介(テノール)
リーザ(タシロの妹):西村 綾乃(ソプラノ)
コロマン・ジュパン男爵(ハンガリーの貴族):藤本 純也(バリトン)
ポポレスク侯爵(ハンガリーの貴族):上田 純也(バリトン)
マンニャ(ジプシー):大林 弘子(ソプラノ)
チェッコ(マリツァ家の従僕):木下 圭一(バリトン)
ボツェーナ侯爵夫人(タシロの伯母):中江 資子(ソプラノ)
ペニチェク(その従僕):宮崎 健司(語り役)
カール・シュテファン(タシロの友人):長谷山良公(語り役)
他、13名。

3.管弦楽
ガレリア座管弦楽団

4.合唱
ガレリア座合唱団

5.バレエ
ガレリア座バレエ団

6、主なスタッフ
芸術監督/制作統括/演出:八木原 良貴
音楽監督/指揮:野町 琢爾
舞踊監督/振付:藤井 明子
美術監督:長谷部 和也
他、24名。

感想として、
一般に市民オペラでアマチュアが担当するのはオーケストラと合唱。それ以外の指揮や演出などのスタッフ、ソリストはプロにお願いするのが普通です。
しかし、東京は日本の首都。主要なスタッフ、キャスト、ソリストからオーケストラに至るまで、ほとんど全てがアマチュアの手作りでやっているオペラ団体が二つあります。
一つは東京大学歌劇団、そしてもう一つがこのガレリア座です。
東大歌劇団は学生中心の団体、ガレリア座は社会人中心の団体という違いはありますが、創立年代がガレリア座1993年、東大歌劇団1994年とほぼ同時です。
東大歌劇団も聴いたことがあるのですが、結論は、両者とも思ったほど悪くないな、ということです。というよりも、アマチュアでもここまでやれるんだ、と感心した、と申し上げても良いかもしれません。

特に第3幕で登場した、
ボツェーナ侯爵夫人の中江 資子(ソプラノ)さんは、すでに古希を超えておられる女性ですが、その朗々とした歌いっぷりに、ここまで良くぞ!と感動した。
これからも続けて欲しい。

休憩を入れて、約3時間半を超える大作。この盛り沢山さは、構成を担当した八木原良貴氏(オペレッタ研究家)のオペレッタ愛を感じさせられるものでした。

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